ゆるくまじめに合気道

難しいことはよく分からない。でも合気道は楽しい! そんな非ストイック人間が、日々の稽古で気づいたことや考えていることについて書き連ねます。未経験者や初心者のお役に立てますように。

意識・考え方

合気道と茶道の共通点(映画『日日是好日』を観て)。

投稿日:2018年11月4日 更新日:

こんにちは。
合気道三級のばーやんです。

『日日是好日』という映画を観てきました
樹木希林さんの遺作(の一つ)として話題になってますね。
全体的に落ち着いたトーンで、丁寧に作られている印象でした。
ちょっと演出過剰というか、説明くさいところはいくつかありましたが……(^^;

樹木希林さんは、さすがの佇まいでした。
全身ガンに侵されながらのお芝居とは、とても思えませんでしたね。
これまでに他の作品もたくさん観てきましたが、もう新しい作品で観られないのは残念でなりません……。

さて、映画自体のレビューや批評は他へ譲るとして、ここでは茶道と合気道の共通点を書いてみようと思います。
映画を観ながら「あ、これって合気道と同じだな」と感じることがけっこうあったんですよね。
茶道と合気道だけではなく、あらゆるお稽古事に共通することかも知れません。

映画を観ながらメモを取るわけにはいかないので、覚えている限りになりますが。
セリフも「こんな感じだったかな」程度なので、言葉の意味を汲み取っていただければ幸いですm(_ _)m

作品の核心に関わるようなことは書かないつもりですが、それでもネタバレになることはあると思います。
これから観る予定の方はご注意を。

先に入れ物を作る

典子(黒木華)と美智子(多部未華子)が稽古を始めたばかりの頃、武田先生(樹木希林)からこんな言葉がかけられました。
まずは形から入って、先に入れ物を作るの。その後に心を入れるのよ
稽古に向かう姿勢というか、心構えとしてとても大切なことですよね。
すべてのお稽古事に通じることだと思います。

典子と美智子は
「なんでこうするの?」
「これはどういう意味?」
と盛んに質問しますが、武田先生はその度に
茶道ではそういうことになってるの
と優しく諭します。

先人達がいろいろな工夫を重ねてきた結果、今の形がある。
その形を真似ることで、見えてきたり分かったりすることもある。
そういうことでしょうか。
僕もまだまだ稽古不足で、入れ物すらできていないんですが(^_^;)

心が入れば所作も美しくなってくるんでしょうね。

頭で考えない

頭で考えちゃだめ
そのうち手が自然と動くようになるから
稽古は量ですよ

手順などをどうしても頭で考えてしまう典子や美智子に対して、武田先生は「考えちゃだめ」と言います。

僕も道場で似たようなことを言われたことがありました。
初段まではとにかく稽古の量をこなすこと
あれこれ考えて手が止まるよりは、正しかろうが間違っていようがとにかく動き続けること。
半人前のうちから細かいことを考えても仕方ないんでしょうね。
「そんなことよりさっさと一人前になりなさい」と。

稽古を積み重ねているうちに、ちょっとした違いにも気付くようになります。
水とお湯の音が違うこととか。
今は分からないことも、続けていれば分かるようになる(こともある)ということでしょうか。

Don't think. Feel!」(考えるな。感じろ!)というブルース・リーの有名な言葉がありますが、意味するところは同じだと思います。

頭で考えるより先に、身体が勝手に自然に動くようになる
その方が無駄がなくて早いし、何より美しい。
そこまで辿り着くには、地道な稽古を積み重ねていくしかないんでしょうね。

目の前のことに集中する

茶道では夏と冬でお点前が異なるそうです。
夏のお点前をせっかく覚えたのに、冬のお点前の稽古が始まるとまた一から始めなきゃいけない……。
気持ちが萎えますよね。

それでも武田先生は
これまでのことは忘れてください
と、事も無げに言ってのけます。

合気道でも同じようなことはよくあります。
一つの技の中でも、やり方が変わるなんてことは日常茶飯事ですからね。
先生の指導が変わることもあれば、自分の考えや感覚が変わることもあります。
その度に「前はこうだったのになぁ」なんて思ってても意味がないわけで。
納得いこうがいくまいが、目の前の稽古をしっかりこなすしかないんです。

「今ここ」が大事
前のことを引きずらない。
次のことを考えない。
とにかく「今」に集中すること。
その積み重ねが成長に繋がるはず。
それを信じるしかありません。

合気道の技も一つ一つが独立しているようで、実は様々な繋がりがあります
ある技に集中して稽古していたら、他の技までできるようになっていた、なんてことも珍しくありません。

夏と冬のお点前は別物ですけど、たぶんその根っこには共通する何かがあるような気がします。
何回も(つまり何年も)繰り返していれば、きっとそれにも気付けるんじゃないですかね。

10年も稽古してるんだから

武田先生が典子に対して
「前から気になってたんだけど」
と前置きした上で、
「あなたの手がゴツく見えるの。もうちょっと柔らかくならない?」
と指摘した後、こんな言葉をかけました。

10年も稽古してるんだから、そろそろ工夫というものをしなさい

この映画を観ていて最も衝撃を受けたのは、このセリフかも知れません。
すごくないですか?
だって、10年も稽古をしてるのに、その間は言わなかったってことですよね?

10年も稽古を重ねてきて、ようやく自分なりの工夫を求められる……。
逆に言うと、それくらい稽古を重ねてようやく工夫することが認められる、ということでしょうか。

自分なりの工夫というと、いわゆる「守破離」で言えば「破」の部分ですよね。
お師匠の教えに忠実である「守」を経た後、その型を破って改善・改良する段階のことです。

10年経ってようやく「破」とは……。
どんな道でも極めるには時間がかかりますね。
「離」の段階に移れるのはいったいいつになるのやら。
(というか生きてるうちに移れるんだろうか……)

あなた方も教えてごらんなさい

物語の終盤で、武田先生が典子にこんなことを言っていました。
あなた方も教えてごらんなさい。その中で教えられることもいっぱいあるから
まったくその通り。

僕も三級ながら初心者の人に教えることもありますが、その度に教えられることがたくさんあります。
細かいポイントを忘れていたり、身体の動かし方で新たな気付きがあったり。

他の人に教えるためには言語化しないといけないですからね。
その過程で自分の考えが整理されることがよくあります。
新しい悩みのタネを見付けてしまって、迷路に入り込むことも多々ありますが……。

教える立場になってみると、改めて先生のすごさを再認識しますしね。
先生はいつも偉大です。

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